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ひとりごと

ああこれはあの人の歌だ

昨日の帰りもいつも通りだった。

 

定時に上がって電車に乗って50分。

駅から家まで15分。

だらだらとぼとぼ音楽を聞きながら歩いてた。

耳から聞こえる曲と違う曲が頭に流れてきて立ち止まる。

 

金が ほしくて 働いて  眠るだけ

 

誰だっけ、この声は誰だったけ、なんていう曲だったけ、えっとえっと、清志郎だ。そうだそうだ清志郎だ。

そう思ってipodの中から探す。

 

いいことばかりはありゃしない

 

何を聞けばいいかわからなくなる時がある。

なんとなく全部が気分じゃないとき。

何を流しても右から左へ流れていくとき。

ちょうどそんな時だった。

頭が勝手に流してきた。

ああ、清志郎だったわ。これが聞きたかったんだわって思った。

それで多分、これは天使だった。

 

こういうことがよくある。

中島らものその日の天使っていうエッセイがあるんだけどね、これだわって読んだとき思ったの。

もうずっと前から、彼のエッセイを知る前から私は知ってた。

 

原文はもう少し前にも後にも長いけど。

 

その日の天使   中島らも

こんな事がないだろうか。

暗い気持ちになって、冗談でも“今自殺したら”などと考えている時に、

とんでもない友人から電話がかかってくる。

あるいは、ふと開いた画集かなにかの一葉によって救われるような事が。

それはその日の天使なのである。

 

今まで何回もそんなことがあった。

どうしようもなく落ち込んでる時に何で今日お前からって久々の友達から「元気?」なんて連絡が来たりする。

あいほんが勝手にかけてた相手から不在着信6件にラインも入ってた時は笑ったな。

普段どっちも自分の都合でかけて、出れなくても折り返しもしやんのにさ。

今まで昼間に電話なんてないからどうしたのかと思ったって。

2つ同じ日やからな。 

なんなん?2人ともなんか察知したん?って思ったよね。

彼らは確かにその日の私の天使だった。

思い出してもほっとするもん。これだから友達には頭上がらんのだわ。

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ここまで昨日書いてたからどんどん日にちがずれてくね。

昨日書いてた昨日は一昨日のことですぐ上に書いた昨日は昨日のことね。

ちなみに今日は3/8だよ。

 

3/6のテレビで一瞬フラカンの心の氷が流れた。

これもやっぱり天使だった。

それでやっと、4月の野音のチケットをとったよ。

雨、降らないといいな。

一昨日は行きも帰りも清志郎を聞いて昨日の朝はフラカンを聞いた。

帰りはどうしてもべろちゅーが聞きたくなって銀杏を聞きながら帰った。

不気味にならない程度に口角上げていつもより少し上を見て歩くの。

なんだか気分の良い帰り道だった。